こんにちは。Naoです。

毎朝の光景。

夫の出勤。

みんなで見送り。

「お父さん行ってらっしゃーい。」「気を付けてねー」

見送りながら、めっちゃうらやましい

行ってらっしゃーいと言いながら、私も行きたいといつも思うんです。

もちろんお仕事が大変なのはわかっています。責任あるし、職場の人間関係もあるし。

でも・・・・・

私も出勤したいーーーーー!!!!!

と強烈に思います。

なぜって?

もしかしたら、私の生活、仕事しないでうらやましい~なんて思う方もあるかもしれませんね。

 

ではなぜか。

お教えしましょう。

玄関で見送り、振り返って目に入る我が家の光景・・・

布団、敷きっぱなし、朝ご飯の食べた後のものが食卓の上でぐっちゃぐちゃ。床にはお味噌汁、食べこぼしがボロボロ、ベチャベチャ。

洗濯機の前にあふれている洗濯物。昨日とりこんだ洗濯物の山。

そして、床にちらばったおもちゃの海の中で遊び、はね続ける3人の人。

この中、お弁当を作り、支度をして、2人の小さな人を9時までに園に送り届けなければならない。

2人送り届けて帰ってきても、1歳児が様々なことを要求し続けるので、部屋はまったく片付かない・・・

もちろん、毎日。

うちは夫が夜帰ってこないことも多いので、朝夕の仕事を全て一人でこなさなければならないこともあります。

 

毎日これが続くと。

本当に脱走したくなるんです。

場所・空間の要求

しかし、脱走できないので毎日の生活は繰り返されます。

前回の記事で、子どもと生活している母には

自分の時間

が絶対に必要!と書きました。

(詳しくは「ブラック企業の記事を見て わが身重なる 3児孤育ての母」をお読みください。)

そしてもう一つ、ヒトが生きていくうえで必要なんだな、と思うのが

自分の場所、すなわちスペース

です。

他の人に土足で踏み込まれない、自分の心地よいと思う空間。自分だけの秩序が保たれる場所。

それは心の平安を保つうえでとっても大切。

そのことに最近気が付きました。

きれいと感じる感覚は人それぞれ

例えば部屋を掃除しても、これで片付いた、と感じる感覚は人それぞれだと思います。

もちろん、自分の部屋であれば、自分の心地よい状態を保てばいいんです。

自分のうちでも同じことだと思います。

でも、でも

小さい人3人と生活していると、部屋をきれいと感じる状態にすることが

とても困難

になります。

本を本棚に戻していくその後ろから、全ての本を引っ張り出します。

積み木を片付けるその横で、積み木を出して遊びます。

引き出しという引き出しをすべてあけ、中のものを出し、口にいれます。

 

3人が全力で遊ぶと、部屋の中は

どうやったらこんなに散らかせるんだろう・・・

という状態になります。

 

当たり前ですが、彼らの「片付いた」という感覚と私の「片付いた」という感覚は全く違います。

その感覚のずれ、さらに思うように片付かない、

自分の心地よいと感じる場所に24時間365日いられない・・・

それは人を追い詰めます。

職場の机は聖域だ

そんなことを考えていると、出勤する夫がうらやましくなります。

あなたには少なくとも職場に自分だけの場所がある。

自分の大切なものを引き出しに入れておいても、引っ張り出されることもない。

これは大事、と話したものを気が付くと1歳児がなめていることもない。

 

自分がいいように片付け、整理し、過ごせる場所。

それは今の私にとってはキラキラ光って見えます。

最近のマンションには小さな部屋がママのスペースとしてあったりしますね。

素晴らしいと思います。でも子どもが入ってこないとは限りませんが。。。苦笑

 

どこに自分だけの場所を作ろうか?

そんな毎日。

自分だけの場所を作ろう。

そんなことを考えます。

部屋でなくてもいい。机の片隅でもいい。

子どもに踏み込まれない。ぐちゃぐちゃにされない。そんな場所。

でも家の中を探してもなかなか難しいのが現実。

いっそ、子どもと過ごせる会社を作って、そこに各自机を置く?

なんてことも考えたり。

 

でもここでもやっぱりヒントになるのは自分の好きなことなのかな、と思うんです。

編み物が好きな人は、編み物を入れておく収納ケースが。

読書が好きな人は、子どもの届かない本棚の高い場所が。

自分だけの聖域になるのかもしれません。

そして私は、今はこのブログが聖域。

パソコンは絶対に子どもの触らない場所に保管してあります(笑)。

 

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