こんにちは。Naoです。

今の私は、3人の子との生活で、基本的に寝不足、おなかすいてます。

心身ともに疲弊しているため、ちょっとしたことでも頭にきちゃうことがあります。

そんな私が国会中継を見ていると、思うことがあるんです。

子育ての政策の議題が挙がっているとき、

はて?

この議場の中で、オムツ替えをしたことのある人ってどれくらいいるんだろう。

オムツ替えもしたことないのに、どんな議論が出来るというのだろう・・・フツフツと湧き上がるものがあります。

歴史を振り返ってみよう

こんな時は少し歴史を振り返ってみると冷静になれます。

私の母の母の母の世代、つまり3世代前はどうだったのでしょう。

そのころは子どもに関する仕事は完全に女性の仕事だったのではないかと思います。

ただ、今と違うのは近くに自分の姉妹や兄弟がいて、みんな一緒に子育てをしていたことでしょうか。そして、家によってはお手伝いさんが住み込みで働いていた時代でもあると思います。

続いて母の母の世代。つまりは私のおばあちゃんですが、やはり父親と母親の役割ははっきりとしている時代です。座敷の上座に父親が座り、食事ももちろん父親から。(家長という言葉もあります。)

父に逆らうということは考えたこともなかった、と母はよく話していました。

では私の育った1世代前の家庭は、というと、典型的な核家族、専業主婦家庭でした。

父は大変、亭主関白でもあったため、家の仕事、オムツはおろか、離乳食をあげるのを手伝ったことも無かったと思います。

女性が大学に入ることが出来るようになったのは。1913年。

女性が投票権を得たのは。1945年。

男の人と同等の仕事が任されるようになったのは。1985年。

私の母親は1952年生まれですが、私を育てていた30年前でも

九州出身のお父さんがいるおうちでは

「男児、厨房に入るべからず。」

という言葉が実際に使われていたといいます。

では、私の世代は??

そして、私が今子どもと生活をするようになって思うこと。

母親に身の回りのことをやってもらって最低限のことは教えてもらいましたが、

お料理、お掃除、など家の中を整えることの教育を特別に受けたわけではありません。

私が受けた教育は、男性と同等に働くための技術、知識を学ぶためのものでした。

そんな私が子どもと生活するようになって戸惑うこと、なんだか、おかしくないか?

と思うのは当然かもしれません。

でも今、子どもと生活している女性の多くは私と同じような環境で育ってきたのではないかと思うんです。

高い世代間の壁

私が国会中継を見ながら違和感を感じるのと同様に、もし、私の父がオムツ替えをしているのを見たら、祖母は眉をひそめて、母を怒っていたのかもしれません。

この3世代の間に、女性の受ける教育も価値観も大きく変わりました。

でも、加害者は被害者と同義であることも時にあります。

最近は、国会にいる人たちの中にも、30年前、もしかしたら子どものことをもっと手伝いたかった、と後悔している人もいるのかもしれない、と思うようになってきました。

しかし、その当時の社会的な慣習、周りの人達の目、自分の親の言葉などによって、それまでの男性の役割を押し付けられてきた場合もあるかもしれません。

料理が好きでたまらないのに、「厨房へ入るべからず」と言われたり。

早く帰ってかわいい寝顔を見たいのに、接待が慣習化していたり。

そして、そんな男性の妻たちの苦労を考えると、涙が出てしまいます。

世代をまたぐと、その時代の「普通」がどれほど変化したかに気が付きます。

 

女も男も幸せであるために

「あなたはいいわね。自分でなんでもできて。」

母親から言われたことのある言葉です。

そう、今の女性は、30年前の女性にはできなかった

男性と同じ教育を受け、仕事をし、

同等のお給料をもらい、

それを使って自分のしたいこと、ほしいもの、食べたいもの、を手に入れることが出来るのです。

女性が男性と同じ仕事をするようになった一方で

では、はるか昔からつい1世代前までの女性が黙々としてきた仕事はどうなるのでしょう。

あれは仕事ではない、当然のことだ、という60代男性もいるかもしれませんね。

でもそれは違うと思います。れっきとした「仕事」です。

それも人間にしかできない高度な仕事です。

AIに任せられることが思い浮かばない子と向き合うということ

 

現代では、その仕事は、社会の仕事を男性と女性がともにしているのと同じように

 

夫婦で等しく分けあうもの

 

それが本来の姿なのではないかと思います。

そして若い世代はものすごい勢いでその変化を受け入れています。

一番大きな変化を真正面から受ける、狭間の世代が今の30代、40代なのかもしれません。

私も今までの慣習を断ち、そのバトンを次の世代に渡す責任がある、

そんな気持ちで日々過ごしています。

そして、女でも男でも、その役割によって悲しい思いをすることがないように。

幸せに生活できるような。

そんな世界になればいい、と本気で思っています。

 

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